映画「フルメタル・ジャケット」あらすじ、感想【狂気が歌うミッキーマウス行進曲】

フルメタル・ジャケット

1987年公開。スタンリー・キューブリック監督によるベトナム戦争を描いた映画です。

前半は海兵隊訓練所で新兵たちの過酷な訓練の様子、そして後半は新兵がベトナム戦争に参戦する様子が描かれています。戦争映画は傑作と呼ばれる作品が数多くありますが、戦争を通して人間が兵士になっていく過程をここまで露骨に描いた作品は他に無いと思います。難解作品が多いと思われがちなキューブリックの中では比較的観やすい1本と言えるんじゃないでしょうか。

本記事ではあらすじ、キャスト・スタッフ情報の他に、個人的な感想、視聴方法も記載しています。

ジャンル:戦争ヒューマンドラマ
作品時間:116分

作品情報

今作品はたまに反戦映画と言われますが、キューブリック本人は「戦争そのものを映画にしたい・・・」という想いから今作品を作ったそうです。

ちなみに日本語字幕については、当初は翻訳を戸田奈津子が担当したのですが、再英訳を読んだキューブリックからNGが出てクビw急遽、魍魎の匣の監督である原田眞人が起用され、キューブリックより原文の直訳をするよう指示された事で、数多の放送禁止用語名言が生まれました。

あらすじ

ベトナム戦争時、アメリカ海兵隊に志願した青年たちは、キャンプの鬼教官・ハートマン軍曹の指導により、心身ともに屈強な兵士として鍛えられていく。中には過酷な訓練により精神に異常をきたす者もいたが、何とか卒業を迎えた彼らは、とうとう新兵としてベトナムの戦地へと送り込まれる。果たして彼らを待ち受けていたものとは・・・?

キャスト、スタッフ

原作 – グスタフ・ハスフォード
監督・製作 – スタンリー・キューブリック
脚本 – スタンリー・キューブリック、マイケル・ハー、グスタフ・ハスフォード

ジョーカー – マシュー・モディーン
レナード(ほほえみデブ) – ヴィンセント・ドノフリオ

ハートマン軍曹 – R・リー・アーメイ

カウボーイ – アーリス・ハワード
アニマルマザー – アダム・ボールドウィン
エイトボール – ドリアン・ヘアウッド
ラフターマン – ケビン・メージャー・ハワード
ミスター・タッチダウン – エド・オロス

ハートマン軍曹を演じたR・リー・アーメイは今作品で元々テクニカルアドバイザーとして呼ばれており、演じる予定ではありませんでしたが、演技指導中の迫力を見たキューブリックの一言で急遽演じる事になったそうです。ちなみに本当の軍人で最終階級も本当に一等軍曹ですw

※ここからは若干ネタバレがあるのでご注意ください。

 

 

感想

  • ハートマン軍曹のしごきは必見
  • 観てる人に狂気を気付かせてくる
  • 人間と戦争を考えさせられるラスト

ハートマン軍曹の罵詈雑言

今作品は冒頭から40分もの間、ハートマン軍曹のしごきがある。

これは作中の新兵たちだけではなく、観ているこっちも訓練されているかのように繰り返し罵詈雑言を投げつけられる。そのえげつない言葉の数々はシモネタなんてレベルじゃない放送禁止用語から人種差別も何のその・・・レイシストの人でさえストレスで発狂するんじゃないだろうか。

もう1度言うけど、これが冒頭から40分も続く・・・実に作品の1/3にも及ぶ。もちろんストーリーは進まない。途中にほっこりするシーンなんか1つもなく、ただただ理不尽な暴言暴力ばかりが映し出される。今作品をまだ観た事がない人の為に、ハートマン軍曹の暴言という名の名言をいくつか紹介↓

  • 「お前らは両生成物のクソをかき集めた値打ちしかない!」
  • 「俺は厳しいが公平だ、人種差別は許さん。黒豚、ユダ豚、イタ豚を俺は見下さん。すべて平等に価値がない!」
  • 「さっさと立て!隠れてマスかいてみろ、クビ切り落としてクソ流し込むぞ」
  • 「まるでそびえ立つクソだ!」
  • 「パパの精液がシーツのシミになり、ママの割れ目に残ったカスがおまえだ!」

信じられないかもしれないけど、これはごく一部であり、全て冒頭約5分の間に出てくるセリフという・・・。こんな下品を超えた罵詈雑言によって実際に新兵を演じた俳優の中には、当時ストレスから本当に精神的に参ったり、現場での苛立ちも相当すごかったそうだw

しつこくて申し訳ないけど、こんなパワハラが冒頭から40分続く・・・。

本来なら面白くなるわけないし、気分を害して観るのをやめる人が大量にいてもおかしくないよね。でもキューブリックのすごいところで、これがちゃんとエンタメとして面白くなっているし、しっかりとベトナム戦線を描く後半パートの布石になっているのだ。ちなみに僕が1番好きなハートマン軍曹の名言はこれだ。

「ジジイのファックの方がまだ気合いが入ってるぞ!」

初めて観た時、本当にお茶を吹きだしたよ。でも何故こんな10分くらいで十分な冒頭のシーンを40分もかけて描いたのか・・・ここにキューブリックのセンスと恐ろしさがあると僕は思う。

描いているのは戦争というより人間の狂気

ハートマン軍曹のリアルなしごきの後は、リアルな戦争を描いてくる。

主人公であり語り部でもあるジョーカーは軍事報道部を志願、もちろん敵と出くわしたらカメラではなく銃を手に取り戦うけど、基本的には戦場カメラマンだ。彼は胸に平和の象徴であるピースマークのバッジをつけているけど、一方でヘルメットにはBorn To Kill(生まれながらの殺し屋)の文字を刻んでいる。この矛盾は作中でも上官から指摘されているけど、人間の二面性を表しているのだという。

戦場では、大人びた理性や道徳観念など持ち合わせていたら敵を殺せない。作中の兵士たちは前半40分にも及ぶハートマン軍曹のしごきで、そんな人間性を麻痺させられている。しかしジョーカーはピースマークのバッジをつけて、自分自身が狂わないように心を守っていた。中盤、ある兵士がヘリから銃撃してベトナムの農民を根こそぎ殺しまくるシーンがある。その時の兵士とジョーカーの会話は印象的だ。

ジョーカー「よく女子供も殺せるな」

兵士「簡単さ、動きがのろいからな!」

兵士は笑いながら答えていたけど、ジョーカーの質問を意訳すると「心が痛まないのか?」だよね。つまり、ジョーカーの質問の意図を全く理解できていないという事・・・戦地で麻痺した何とも悲しい人間の姿だ。今作品は反戦映画ではない、かといって戦争をかっこよく描いてるわけじゃない。ただ淡々と戦争そのものと戦場にいる人間を描いている。

この映画のレビューを見渡すと、前半パートと後半パートのどちらが面白かったか?どちらが本質か?なんていう映画的な好みの話になっている人をよく見かける。キューブリック監督が、どうして冒頭から40分もかけてハートマン軍曹の訓練シーンを流したのか・・・?

恐ろしい事に、この映画は観ている人に戦争の疑似体験をさせてくるのだ。

僕は初めてこの映画を観た時、あまりにも下品な名言が連発する前半パートをケラケラ笑って観た覚えがある。そしてベトナムパートになってからは、戦地にいる人間の狂気をまじまじと見せつけられ、自身の狂気に気付かされてしまった。唯一人間性を維持しようとしていたのは、観客も含め作中のジョーカーだけという皮肉はあまりにもえぐい。

キューブリック監督は恐ろしいよ。

狂気のミッキーマウス行進曲

今作品のラストシーンはぼーっと観ているとモヤモヤしながら終わってしまうだろうけど、自身の狂気に気付いた人には超バットエンドに見える仕様になっている。

人の心を真っ白なキャンパスノートに例えると、人生というのは子供から大人になっていくにつれて、色々な経験から様々な絵をノートに描いていくよね。綺麗な花の絵を描く人もいれば、下手だけど頑張って車の絵を描いた人もいるかもしれない。しかしハートマン軍曹のしごきを耐え抜き、ベトナムの戦地で狂気を開花させた兵士たちのノートは真っ黒に塗りつぶされている。加えてハートマン軍曹とキューブリックの強烈な洗脳は、観ている人達の心さえも真っ黒に塗りつぶしていく。でもジョーカーだけはノートをどす黒く塗りつぶされていく中でも、端っこにピースマークを描いていたはずなんだ。

そんな唯一人間性を維持していたジョーカーがミッキーマウス・マーチを歌う姿は、おふざけ野郎に全く見えないし、そこに救いなんか微塵もない。そんな絶望に近いラストシーンから流れ始めるローリング・ストーンズの「Paint It Black」は皮肉が効きすぎて泡吹くレベル・・・。

この映画は戦争というものを誠実に淡々と映す事で、人間の持つ狂気を描いている。

キューブリックらしい戦争映画で名作なのは間違いないし大好きな1本だけど・・・やりすぎなんだよw

評価、視聴方法

素晴らしいカメラワークと音楽

今作品は前半パートも後半パートも実にキューブリックらしさが出てる映画です。

特に後半パートの、まるで自分が戦場カメラマンになったかのようなカメラワークは素晴らしいの一言ですね。他の作品もそうですけど、キューブリック監督は記憶に残る名シーンを量産しすぎですwそれと作中の選曲センスも相変わらずピカイチだと思います。

例えばザ・トラッシュメンの「Surfin Bird」が使われているシーンなんて、目を背けるべき戦地の状況を映しているにも関わらずテンションあがってしまいますもんね・・・。悔しいですが、僕はまんまとキューブリックに洗脳されてしまいましたw

スタンリー・キューブリックという人は、他の作品でも人間の狂気をコミカルに描く事が多いので、今作品が好きになった人は他のも観てみてください!とりあえず代表作と言えるシャイニング時計じかけのオレンジ2001年宇宙の旅あたりをオススメします。

「フルメタル・ジャケット」の視聴方法

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戦争という現実をリアルに描いた映画ならランボー/最後の戦場をオススメします。映画史上屈指ともいえるえげつない映像が沢山出てきますが、素晴らしい反戦映画になっています。

では、良き映画の時間をお過ごしください。